居場所
ここでいう居場所とは、物理的な場所のことではなく、「ここで頑張っていれば、いつか報われる」と思える環境や状態という意味です。言葉を変えると、今の日々の生活でやるべきことがあり、それが将来の夢につながっている、という事です。( 過去は関係ありません。)そして、同じ夢を見る仲間がいる場所の事です。
<子どもの居場所>
生まれたばかりの赤ん坊は、(もちろん本人は意識していませんが)母親のもとが居場所です。学齢期には、家庭と学校が居場所となることがほとんどです(日本の就学率はほぼ100%です)。自立後は、勤めている企業が居場所となる人が多く(サラリーマンが約9割、自営業が約1割です)、また結婚して作った自分の家庭が居場所となる人も割と多いです(男性では7人中5人が、女性では6人中5人が、生涯に一度は結婚しています)。
しかし、学齢期に勉強についていけなくなると「勉強を頑張っていても、このままでは報われない」と思い、学校では夢が見れなくなり、家族との関係も悪化し、居場所がなくなることがあります。理由は勉強だけではなく、様々な理由で学校では夢が見れなくなることがあります。
そんなときに、優しく「うちに来て数年頑張れば、いい車に乗れるようになるし、でかい家に住めるようになる」と誘われると、そこに居場所を求めてしまいます。居場所がそこにしかないのです。自分の夢を主体的に選べないのです。
自分の夢を主体的に選べる、そんな社会であることが望ましいですが、現実は必ずしもそうではありません。居場所となりえる場所は沢山ありますが、それが学校に居場所がなくなった子どもには、見えづらいのです。
子どもが居場所がなくなりつつある時に、それに気づけるのは教師と親です(学校にいるのは教師で、家庭にいるのは親です)。その時に、居場所の選択肢をいろいろ示して、子どもが主体的に自分の夢を探せるようにしてあげれるのは、教師と親です。
学校に居場所がある子どもが、自分の夢を主体的に考えるのは、高校や大学を卒業するころからです。自分の夢を選ぶ時期は、学校に居場所がない子どもは早く、学校に居場所がある子どもは遅いです。適切なタイミングに、居場所の選択肢を示してあげるのが教師と親の役割です。
<大人の居場所>
大人は職場や自分の家庭が居場所となることが多いですが、そこが居場所でなくなってしまうことも少なくはありません。そこで頑張っていても報われるとは思えず、そこでは夢を見れないようになってしまうことがあります。その原因が経済的なものなら改善の可能性はまだありますが、その原因が人によるものなら改善の見込みは薄いです。
変えられないものは、過去と他人です。過去を変えることができないのと同じくらい、他人を(自分の都合の良いように)変えることはできません。居場所が居場所でなくなってしまった原因が、(自分以外の)他人であるなら、改善の見込みは薄いです。(変えられないものについては、執筆中です)
<逃げ出す>
夢を見られない家庭なら、夢を見られない学校なら、夢を見られない職場なら、夢を見られない国なら、逃げ出してください。時にはそこで踏ん張ることも必要ですが、改善の見込みが薄い場合はさっさと逃げ出してください。見込みが薄い場合に逃げ出すのは悪い事ではありません。見込みが薄いのに頑張っても、自分がすり減るだけで良いことはありません。自分がすり減る前に逃げ出してください。
逃げ出すときは、必ず誰かに相談してください。人はその特性として、自分が見たいものしか見えません。一つの事に集中できる、という特性の裏返しなので、悪い事ではありませんが、時としてデメリットになります。一人だけで冷静に理性的な判断をすることはできません。(見たいものしか見えないことについては、執筆中です)
<仲間>
単独行動するネコ科の動物とは違い、人は社会性のある動物です。居場所には同じ夢をみる仲間が必要です。一人だけでは夢を見ることはなかなか難しいです。(一人で夢を見れる人もたまにはいますが、)一人になってしまったら、そこはもう居場所ではないかも知れません。